アメリカ歴史学会ニューズレター最新号に「若手研究者問題」「歴史学と現代社会」関連の論考が掲載

アメリカ歴史学会(American Historical Association:AHA)のニューズレター“Perspectives”の最新号(2011年12月号)に、「若手研究者問題」と「歴史学と現代社会」をテーマとした記事が複数本掲載されている。

メインの記事は、AHA会長のAnthony Graftonと、AHAの役員のJim Grossmanによる巻頭の2本。

Graftonはこれまでに2回(2011年10月、11月)、そのニューズレターに若手研究者問題とその解決に向けた提案を掲載しているが、今回の“Historians at Work, III: Public History”という記事はその続編にあたるものである

記事では、ニューヨーク市博物館(Museum of the City of New York)で働く若手歴史研究者が、様々な専門家と共同で企画展示に携わっている様子やその成果が取り上げられ、その最後にGraftonは、「これこそまさに歴史学だ」と称え、若手研究者のパブリック・ヒストリー活動に関心のある博物館関係者に対してアンドリュー・W・メロン財団が支援するパブリック・ヒストリーのプログラムを推奨している。(このGraftonの記事に関連したものとして、“Tenured Radical”の12月19日付の記事があるので、併せて読みたい。)

Grossmanの“Historical Sensibility and Civil Society”という記事は、政治の議論における歴史学的思考と歴史学的成果の有用性というものについて提起する内容となっている。

なお、この号には若手研究者問題に関する他の記事が数件あるほか、これまでに2回掲載されたGraftonの記事に対する批判、およびGraftonによる反批判も掲載されている。

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アメリカ歴史学会会長からのさらなる提案“Plan C”

2週間ほど前に書いた「アメリカ歴史学会会長 「若手のテニュアへの就職状況は改善する見込みはもはやない。そのため…」」の記事で取り上げた、アメリカ歴史学会(AHA)会長らによる記事“No More Plan B”の続編がAHAのウェブサイトで公開されているのでご紹介。

記事はまず、前回の“No More Plan B”への反響の紹介から始まる。その中で、軍で働く歴史研究者からの、「最大の問題は、アカデミズムの中にいるものがアカデミズムの外に人との間での相互交流が必要だということ」との指摘が紹介される。

AHAがアカデミズム内外を結ぶパブリックヒストリーの取り組みを行うことはもちろん可能だが、しかしそれは、PhDを育てる研究者や、その研究者が働く大学などによって担われる必要があるという。パブリックヒストリーへの取り組みは一部の大学でみられるものの、大多数ではそれをPhD養成の正道とは考えておらず、依然としてPhDのプログラムからは切り離されたものとみなされている。そしてそのためにメディアから、そのような視野の狭さが学生の可能性を狭めるのであり、研究者とは違う道に進んで成功した歴史研究者が切り開いた道に後から続くものを生み出しにくくなるのだ、とたたかれてしまうという。

会長らはこのような指摘はおかしいと反論するが、それでも、歴史研究者自身も博士を養成する自分たちの能力や貢献を過小評価しているのではないかと指摘する。人文系のポストが減らされる事態を失望するのは、教育活動が市民を育てるのと同じように労働者を育成するものであるという考えに拠っているからではないか、歴史研究者もまた自分自身たちにそして学生に対して、納税者に対するのと同じ様に、歴史学のPhDがさまざまな職業につながる扉を開くものであることを説くべきなのだと主張する。

その職業選択の可能性を広げる方法として、大学全体での協力関係を作ることが提案される。これにより、現状では提供できていない教育(例として、デジタル技術や、ファイナンス、マネジメントに関するコース)を学生に提供できるとしている。

最後に、好むと好まざるとに関わらず、今は新たなスキルが必要とされる新たな仕事が生まれている時代なのだから、自分たちが受けてきたこれまでの教育方法を学生に伝えることに固執するのではなく、新たな方法を開拓し、歴史学に関わり続けるための方法を探し、そしてそれを実践することが必要なのだと括られる。

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Insider Higher EDがまとめているように、

・博士課程のカリキュラムにパブリックヒストリーを取り入れる

・教員の意識改革

・大学全体の協働

の3つがポイントのよう。

なお、上記は要点をざっくりまとめたものなので、思わぬ誤読や勘違いがあるかもしれません。是非原文でご確認を。

アメリカ歴史学会会長 「若手のテニュアへの就職状況は改善する見込みはもはやない。そのため…」

2011年9月26日に、アメリカ歴史学会(AHA)のウェブサイトに“No More Plan B: A Very Modest Proposal for Graduate Programs in History”という記事が掲載されている。執筆は、AHAの会長のAnthony T. GraftonとExective DirectorのJim Grossmanの二人である。

ここでいうPlan Bとは、博士課程の学生が、通常目指す研究職(Plan A)ではなく、それ以外の職に就職するということ。大学院に入る学生はその多くが研究職(テニュア)への就職を夢見ているものだが、Grafton会長らは、1980年代と2000年代の一時期を除いて歴史系の研究職のポストはコンスタントに減り続けており、この就職難は一時的なものでないから、高等教育への公的資金投入の減少等もあって今後テニュアのポストが拡大する可能性はないと断言している。そのため若手に対しては、研究職以外にも働き口はあるのであって、そのような研究職以外への就職を支援するとしている。また、学界に対しては、この就職難の現実を直視していないと指摘すると共に、このような状況にあっても大学院教育が旧来通りのままで、研究者の再生産に終始していると批判する。

そして、学界及び現職の研究者に対する改革の提案が次に続く。

・歴史学博士号取得者の研究職以外への就職先は、軍や下院、博物館、アーカイブズ、ナショナルパーク、国際ビジネスコンサルタント、高校教師、編集者等と多様であるという現実がある。歴史研究者が身につけるスキルは研究職以外にとっても必須のものであるため、博士課程学生に対する教育は、研究職のみを想定したものでなく、就職の現実に即したものとするべきである。それには、研究者の態度と仲間内で語り合う「言葉」を改めるとともに、学生に対して歴史学が文化施設や私企業にも貢献しうる学問であることをはっきりと伝えるべきである。

・博士課程の教育のあり方を見直し、歴史研究一本に絞り込むのではなく、博士課程の学生が多様な学問領域を学べるようにすべきである。(それが結局は学生の博論に新たな視野をもたらすものとなる。)

以上を述べたあと、最後にもっとも重要なこととして、博士課程の学生が研究職に就職したいにせよ、企業や政府に勤めようとするにせよ、大学のアドバイザや学部当局からしっかりと支援をうけられるのだということを、学生本人にはっきりと示すことが重要だとしている。

なお、AHAのウェブサイトにも書かれているように、このAHAの記事と併せてInside Higher EDの記事も併せて読みたいところ。

Guardianの“Careers for PhDs beyond academia”という記事

イギリスGuardianに掲載された、アカポス以外の就職を目指すイギリスの人文・社会科学系Ph.D.の話。

この中で初めに登場する、 若手歴史研究者向けのキャリアマネジメントをテーマとしたブログ“In the Service of Clio”を運営している、軍事史専門家Nick Sarantakes氏が興味深い。

記事では、PhDが供給過剰なため、若手はアカポス以外の職、例えばライブラリアンなどに進むことを考えたほうがよいという意見を紹介したうえで、さらに、「論文を書いたり研究したりすることが可能で、大学の研究職に戻ってこれるような職はいろいろある。キャリアアップについてはクリエイティブに考えるべきであって、PhDが役立ち貢献できる領域は多い」との言葉を紹介している。

記事ではそのほかにも、民間企業でのPhDの道についての紹介や、若手研究者がアカポス以外で就職するためには、PhDの学生に付き纏うネガティブなステレオタイプと闘うべきと説く、Riccoboni氏の紹介をしている。

そして最後に、若手が研究職以外の職に就くためには、PhDは専門知識を持っていることと同時に、学位を取得するために備えてきた、ライティングスキル、外国語能力、リサーチスキル、長期的な目標を設定する能力など、一般的なスキルについても強調すべきだという意見も紹介されている。

厚労省の平成23年版労働経済白書における人文系の学部・修士卒の進路について

7月8日に厚生労働省が労働経済白書『平成23年版労働経済の分析』を公表した。

このうち、人文系の学部・修士卒業者の進路について、第2章第2節「学卒者の職業選択」の中で次のように触れられている。

(人文科学や社会科学の進路は相対的に不安定)

大学卒業後の主な進路である就職と進学について学科別の進路を比較すると、人文科学や社会科学では就職者が最も多く、進学者の割合は小さい一方、理学や工学では就職者も多いが進学者も多く、1990 年代以降進学者数は大きく増加しているという特徴がみられる(付2-(2)-6 表)。次に、第2 -(2)- 30 図により、学科別に就職も進学もしない者の割合をみると、人文科学、社会科学、家政、芸術などの文系学科で高く、一方、理学、工学、農学、保健などの理系学科では相対的に低い水準である。こうした傾向は1990 年代以降それほど大きくは変わっていない。

(『平成23年版労働経済の分析. p. 136.)

(大学院進学における諸課題)

…就職も進学もしていない者の割合を大学院と学部の間で比較すると、理学、工学等では、大学院卒の方が学部卒に比べ就職も進学もしない者の割合が低くなっている一方、人文科学、社会科学、家政、芸術、教育では、大学院卒の方が学部卒よりも就職も進学もしない者の割合が高くなっている。

主に、文系学科では、大学院に進学したとしても、卒業後に就職先や進路が決まらない割合が高く、大学院で身につけた専門的な知識が、必ずしも社会的なニーズが高くない可能性がある。大学院進学率の上昇については、今までのように教育水準の向上の観点から評価するだけではなく、社会のニーズを踏まえて再検討される必要がある。

(『平成23年版労働経済の分析. p.139.)

以下は私的な思考メモ。

上の記述は、「大学」が「企業」のニーズにあった卒業者を排出すべき、という視点で書かれており、「企業」が「大学」の排出する人文系卒業者の知識にそのニーズをあわせるべき(=生かすべき)、という視点はではない。

当たり前といえば当たり前だが、では、それはいつから「当たり前」なのだろうか?戦後の大学改革の当初からのものなのだろうか?

いわゆる大学論では、人文社会系に限らず理系も含めた「総体としての大学」という視点で語られる場合が多いように感じているが、人文系に視野を限定した場合、人文系もまた、大学設置の当初から企業のニーズに合わせるべき、という視点だったのだろうか?

人文系研究者の研究職以外への就職体験談を集める#alt-academy

人文系で研究をつづけてきたものの、大学教員という研究職ではなく、それ以外の人文系関係機関へ就職した人のエッセイや体験談などを集めたプロジェクトサイト#alt-academyが、6月22日に公開された。(ちなみに、Digital Humanities 2011の会期中に公開されたとのこと。)このプロジェクトサイトは実際に研究職以外のキャリアへ進んだ人たちが作成している。なお、人文系関係の機関とは、博物館や学術出版、歴史協会等を指すようだ。

博士余りはアメリカでも深刻なようだから、人文系でも大学の研究者ではなく別のキャリアを進みながら、研究を続けたり自分の学識経験を生かしたりしよう、ということか。

文科省による「博士課程修了者の進路実態に関する調査研究」

文科省が、平成23年3月付けで「博士課程修了者の進路実態に関する調査研究」を公開している。

いろいろとデータを提示していて興味深いものだが、人文科学系博士課程修了者に関する調査結果のまとめ(pp. 92-93.)としては、

人文社会科学系の博士課程修了者の進路については、そもそも進路把握率が非常に低く、判明している中ではその多くが大学・研究機関への就職となっており、理系分野に比べキャリアパスの多様性は低い。背景には、「博士課程≒研究者養成」の認識及び実態があるものと想定されるが、今後当該分野の博士課程修了者の活躍の場を広げるためには、まず現状における多様なキャリアパスを提示し、博士課程終了後の進路の可能性を提示していくことが重要である。 

とされている。

だが、生活がかかっているとはいえ、それまで研究者として生きることを念頭においていた者が、非アカデミックなキャリアへ舵を切るときの精神的な「苦痛」や、研究への思いを断ち切ることが出来るかどうかという点について報告書で指摘されていないのは、やはり問題だと思う。単に「多様なキャリアパス」を示せば良いというものではないと思うが。

  • 「博士課程修了者の進路実態に関する調査研究」

http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1307208.htm